1冊の本との出会いから樹脂粘土作家への道がスタート
小指ほどのサイズの小さな妖精やドレスを着たお姫様など、青木さんが作る樹脂粘土人形は、どれも繊細で愛らしく、眺めていると自然に笑顔が浮かんできます。
青木さんが樹脂粘土人形作家への一歩を踏み出したのは、18年ほど前のこと。家の近くの手芸店に立ち寄った際に出合った1冊のファインドールの本がきっかけでした。
「尾形秀子先生の人形に一目惚れして、すぐに弟子入りさせてほしいとお電話したのです。あいにく先生のお宅が遠かったので、通信教育を受けることにしました。講師科まで進み、その後、デパートでの展示会などで販売を始めたのが15~18年前。お客様から、小さなサイズの人形がほしいというリクエストが多くなり、自分なりにアレンジして今のオリジナルの人形になりました」と青木さん。
空想好きだった少女時代。無心に絵を描いていると嫌なことも忘れられた
青木さんが作る『Lilly Fairies(リリーフェアリーズ)』は、由利子という名前の”ユリ(Lilly)”と、メインに作っている”妖精(Fairy)”からつけたといいます。青木さんの人形は、妖精やお姫様、天使、女神など、ファンタジックなものが多いのが特徴です。
「樹脂粘土は、紙粘土などのほかの粘土に比べて、弾力性や透明感があり、薄く伸ばして布地のように扱えるので、繊細で優美な人形を作るのにとても適した素材なのです。柔らかな雰囲気や微尿な色合いを出せるのも、ファンタジーの世界を表現するのにぴったりだと思います」
そもそも青木さんは、幼い頃から空想好きで、その世界を絵に描くのが大好きだったそう。学校で嫌なことがあっても、無心に絵を描いていれば忘れられたといいます。
「人形を作るときも、作りたいイメージが自然に浮かんでくるんです。だいたい一度に5~6体のまったく違う人形を同時進行で作っていくのですが、”犬を連れたお姫様”とか”バラの花の中に住む妖精”とか、浮かんだイメージを付箋に書いて並べたら、一気に作り始めます」
- 青木さんが作る樹脂粘土人形は、小さいものは5cmほどから、大きなものは20cmほどまでさまざま。雑貨とコラボすることも。ミニドールの髪は樹脂粘土を1本1本細く伸ばし、爪楊枝に巻きつけて作っていく。人形は小さくなるほど大変。
人形は顔が命。イメージどおりに描けなくて捨てることも
最初に、脚の土台を作って乾かします。次にボディーを作り、顔だけは型抜きして成型したら、また乾かします。乾いたボディーを土台につけてまた乾かし、洋服を作って着せて、髪型を整えたら、最後に顔を仕上げます。途中まで作っては乾かし、乾くのを待っては作業の続行、の繰り返しなので、作り終えるまでに10日ほどはかかるといいます。
「一番難しいのは顔ですね。鉛筆で下描きしてから、細い筆にアクリル絵の具をつけて描いていくのですが、ほかがどんなにうまくいっても、顔がイメージどおりに描けなければ躊躇なく捨ててしまいます。人形は顔が命。1本の線がほんの少しずれただけでも、おかしくなってしまうのです。作り手の精神状態も表れるので、顔を描くときは、天使のように穏やかな心でいなければ(笑)。何かに怒っていると、人形の眉や目が吊り上がったりするんですよ」
優しく穏やかな青木さんの心が込められていて、癒しのパワーがあるからでしょうか。人形のファンには病気の人も多いといいます。
「難病で2年しかいきられないという26歳の女性から、”両親に花嫁姿を見せたいので、私に似せた花嫁人形を形見に作ってください”とオーダーをいただいたこともあります。自分の作った人形が誰かの役に立つというのは、何よりの喜びですね」
人形作りをやめたくなると決まって見知らぬ人からオーダーが入る不思議
教室に通ってくる生徒さんの中には、学校に行けなくなって自宅に引きこもっていた少女もいたそうです。
「私の人形をとても気に入って、お母様と一緒に習いにきてくれたのですが、最初の頃は、電車やバスに乗ると気分が悪くなり、何度も途中下車しながらやっと到着していたのです。でも、彼女は、集中して人形を作るのが大好きなんですね。人形作りを続けているうちに、性格も明るくなってきて、自分から外出するようにもなったのですって。そういう話を聞くと、この仕事をやっていてよかったとつくづく思います」
そんな青木さんでも、作品が売れれば売れるほどプレッシャーを感じるようになり、2年に1度くらい、人形を作るのをやめたくなることがあるといいます。
「不思議なことに、そういうときに限って、見知らぬ人から、私のホームページを見たと言って、人形をオーダーする電話がかかってくるのです。きっと、目に見えない誰かが”やめてはいけない”と、メッセージを送ってきているのではないでしょうか(笑)。そのおかげで、何とか18年間も続けてこられた気がします。これからもマイペースで長く、納得できる作品を作っていきたいです」
- 上の一連の写真は、樹脂粘土でバラを作っているところ。赤と白のカラー粘土を混ぜ合わせてピンクの生地を作り、指で薄く伸ばしてからくるりと丸め、バラの芯を作る。その周りに、薄く伸ばした花弁を4~5枚、重ねていく。花弁の先端を少し外側にカールすると完成!
※虹色通信 2014年春 号より
樹脂粘土人形作家
青木 由利子
『Lilly Fairies』主宰。桑沢デザイン研究所総合デザイン科ビジュアルデザイン専攻を卒業後、デザイン会社勤務などを経て、結婚後はフリーのイラストレイターに。18年前に樹脂粘土人形に出会い、作家への道を歩み始める。新宿高島屋、銀座松屋、阪急梅田本店などの企画展に出展。現在は、作品を雑貨店に常設し、イベントなどに出店する傍ら、東京都町田市で樹脂人形教室を開く。