独学で学び、初めて作ったバッグが評判に
羊毛フェルトはハンドメイドフェルトとも呼ばれ、スカンジナビアや中央アジアなどの伝統技法。羊毛を石鹸とお湯を使って手仕事で圧縮させながら形作ります。そんな羊毛フェルトに魅せられた麻生さんのアトリエには、さまざまな種類の羊毛が並んでいます。どれもナチュラルな色合いで、触るだけで癒されそう。
「羊の種類によって毛質が違うんです。自分が作りたいもののイメージに近づけるために何種類も混ぜるんですよ」
そう話しながら麻生さんの手は、羊毛を細かくちぎり、バットに並べていきます。石けんを溶かしたお湯を注ぎ入れ、ゴシゴシとこすると、毛と毛がからみ合い、どんどん圧縮されていきました。水を絞って、半日から1日ほど乾かせば羊毛フェルトのできあがり。ところどころが薄く透けたり抜けたりして、手仕事ならではの温もりが感じられます。
完成した羊毛フェルトは、再び麻生さんの手によって、表情のある優しい花へと生まれ変わっていくのです。
麻生さんが羊毛フェルトに初めて出会ったのは、12年ほど前のこと。たまたま手に取った雑誌に、羊毛フェルトでできた素敵な靴が載っていたのです。
「縫い目がまったくない不思議なつくりで、なんだろう、これ?と目が釘づけになりました。自分でも作ってみたいと強く思ったのです」
当時はまだ、羊毛フェルト自体が今ほど知られていなくて、作り方を教えてくれるところも見つかりませんでした。自分で洋書などを参考に、見よう見まねでいきなりバッグを作り始めたといいます。
「オリジナルの形を工夫して、好きな色柄で作ったバッグを友人に見せたら、クラフト展に出すことをすすめてくれたんです。それから1ヶ月でものすごい数を作って出したら、たくさん売れて……。それをきっかけに、ご注文をいただいたり、扱ってくれるお店が決まったりして、いつのまにか走り出していた感じです」
実はその頃、麻生さんはとても悩んでいたといいます。勤めていたレコード会社のデザイン部では、いろんな分野の一流クリエイターたちとものづくりの現場を経験し、多大な影響を受けつつも“自分はいったい何ができるのだろう”と考え続けていたのです。
「アーティストのCDジャケットなどを作っていたのですが、必要に迫られると自分でスタイリングやデザインや撮影もやったりしていました。でも、やはり本職ではないですからね。何かのプロフェッショナルになることにずっと憧れていたのだと思います」
アーティストたちに作品を提供。羊毛花作家の誕生
羊毛フェルトバッグを作っていた麻生さんに訪れた転機、それは、友人に頼まれて女性アーティストCoccoさんに贈るバッグを作ったことでした。
「ラベンダーのバッグに、赤紫色の花をつけたんです。それをCoccoさんがとても気に入ってくれて、オーダーをいただくようになりました」
日本武道館でのツアーでは、衣装のヘッドドレスを制作。テレビに出演するときの衣装アクセサリーも作りました。
「武道館のときは、ステージから“これを作ってくれた麻生順子、ありがとう!”と言ってくれたことに大感激!その日を境に、プロとして責任を持ってこの道を本気で進もうと覚悟を決めました」
ほかにも、羊毛とおはな、いきものがかり、二千花など、ミュージシャンや映像関係とのコラボレーションも多数手がけてきた麻生さん。
「『羊毛とおはな』は、名前があまりにシンクロしていて(笑)、最初に聞いたときは私と同じ、羊毛花を作っている人かと思ったほど。アーティストと知って、すぐに心に染み入る曲や歌声のファンになったのですが、全国ツアー用の衣装コサージュやグッズを作らせていただきました。その後、ヴォーカルのはなさんは亡くなってしまったのですが、彼女との出会いやご縁をいつまでも忘れずにいるためにも“羊毛花作家”と名乗ることにしたのです」
花が持ついくつもの表情を表現していきたい
世の中に“布花”というジャンルはあっても“羊毛花”というジャンルはないと話す麻生さん。羊毛花作家を名乗り、日々、麻生さんにしか作れない花を作り続けています。
「花は、気持ちを伝えてくれます。誰かのために作るなら、やっぱり花がいいなと思ったのです。私自身、子どもの頃は野山を駆けめぐって遊び、今は散歩が日課。自然や花が大好きだということもあります。私が羊毛で作ってきた花は、いろんな気持ちやご縁をつないでくれました。これからも、羊毛をさまざまな自然素材と組み合わせながら、花が持ついくつもの表情、優しさや温もりだけではなく、クールさや強さ、陰りのようなものも表現して、人の心にそっと寄り添えるものを作っていきたいですね」
- (左) コサージュは、胸よりも高い位置、なるべく顔の近くにつけたほうがカジュアルに見えます。
- (右) マフラーやストール、帽子、バッグなど、服以外にもどんどんつけて活用しましょう。
※虹色通信 2016年冬 号より
羊毛花作家
麻生順子
『feltico(フェルティコ)』主宰。レコード会社デザイン部勤務ののち、ヨーロッパのハンドメイドフェルト作品に出会い、独学で学びながら2004年作家活動開始。個展、企画展やショップでの展開のほか、海外のアートギャラリーなどにも活躍の場を広げる。2017年1月20日(金)~22日(日)、マーチエキュート神田万世橋で手紙社主催の『オーダーメイドの日』に参加。詳しくはホームページで確認を。