“神様の食べ物”であるカカオの風味を一番に味を組み立てていきます
東京世田谷区の住宅街に、知る人ぞ知る小さなチョコレート専門店があります。世界でも珍しいといわれる女性のショコラティエ、宮原美樹さんが営む『ショコラティエ・ミキ』がそのお店。一口大のボンボンショコラをはじめ、板チョコレートやチョコレート菓子を求めて、遠くは仙台、新潟、大阪からわざわざ足を運ぶ常連のお客様もいらっしゃるといいます。
昔からチョコレートや料理が大好きだったという宮原さん。大学は文学部に進みましたが、食に関わる仕事がしたいと自然に思うようになりました。
卒業後は料理やお菓子の専門学校で学び、チョコレートの原料メーカーに就職。そこで、カカオ豆からチョコレートになるまでの開発の仕事に携わった後、お菓子メーカーなどにチョコレートを使った商品を提案する部署へ異動しました。そうした中で、自分の作りたいものが見えてきたといいます。
「日持ちはしなくても自然の素材だけを使って作ってみたい、などと思うようになり、自分が納得のいくチョコレートのお店を始めることにしたのです」
それは、宮原さんが28歳の決断でした。
- (右) 東京・千歳烏山駅近くの住宅街にある小さなショコラ専門店「ショコラティエ・ミキ」。
天然素材に徹底してこだわり機械は使わず、手づくりで
『ショコラティエ・ミキ』の看板商品、9種類のボンボンショコラは、香料や保存料、着色料などをいっさい使わず天然の素材だけで作られています。
「天然の素材以上においしい素材はないと信じているんです。たとえば『ミントレモン』にはフレッシュなスペアミントの葉とレモンの皮を、コーヒー風味の『エチオピア』には良質なコーヒー豆を使って実際に淹れたコーヒーを入れるなどしています」
カカオの風味を一番に味を組み立て、さまざまなフレーバーはあくまでもカカオの風味を楽しむためというのも、開店当初から変わらないこだわりです。「チョコレートは不思議で特別な食べ物です。常温では溶けず、口の中に入れたとたん、スーッとなめらかに溶けていく食べ物はほかにありません。“テオプロマ・カカオ(神様の食べ物)”という学名どおり、神様が人間にくださった贈り物のようですよね。いつも、そんなカカオに敬意を払って作っています」
- (左) 完成したボンボンショコラは、専用バットに並べ、温度と湿度を一定にしたチョコレート用の小部屋で保管されます。
- (右) ショップのロゴは、日本におけるヨーロッパカリグラフィーの第一人者によるもの。サイトで見た美しいカリグラフィーに一目惚れして頼み込んだところ、快く引き受けてくれたそう。
チョコレートは芯が通ってブレない。そこも魅力です
原材料のチョコレートと生クリームを混ぜてガナッシュを作る作業も、一口大にカットしてからチョコレートをかける作業も、機械はまったく使わず、すべて手づくりで行っています。
「うちのボンボンショコラは、外側のシェルの味を内側のセンターに合わせて全部変えています。そうすると、機械を使って一律に、ということができないんです。味にこだわれば、少しずつ配合を変えたものを手がけするしかありません」
チョコレートは、非常に扱いが難しいデリケートな素材といわれています。
「暑いところも寒いところもダメ、蛍光灯の光で酸化してしまうし、風があたると風味が飛んでしまう。芯が通っていて決してブレないんです。常にベストな状態に保つことを第一に考えています。作業スペースでは除湿器3台をフル回転にしているので、スタッフの肌はいつもカサカサ(笑)。冬は寒い中で働いています。それでもチョコレートを第一に考えてくれる仲間に恵まれていて幸せですね」
- (右上) 『スペイン産オランジェのチョコがけ』(1枚320円)もファンが多い人気商品。
- (右下) フランスのショコラ専門ガイドブック『LE GUIDE』に記載されるのは、ショコラティエとして非常に名誉なこと。
食べてしみじみと幸せを感じる味を目指して
チョコレートの魅力は奥が深く、まだまだ修行中だと話す宮原さん。
「お店のオープンから10年、何とか無事にやってこられたので、これからも長く続けていけるよう地道に努力していきたいです。私が好きなチョコレートの味は、カカオの力強さが感じられて、しかも優しくてホッとできる味。衝撃的なおいしさで激しくお客様を驚かすのではなくて“う~ん、おいしい”としみじみと幸せになっていただける味を目指して、頑張っていきたいと思います」
- 1. 外側から美しさを堪能:ボンボンショコラには、さまざまな形や色があります。まずは外側から、その美しさを目でじっくりと味わいましょう。
- 2. ナイフでカットする:手でつまんで一口で食べてしまうなんてもったいない!断面の美しさも鑑賞するため、ナイフできれいにカットします。
- 3. 断面を鑑賞して味をイメージ:カットした断面を見て、センター(中)とシェル(外)の比率やセンターの色や層などを鑑賞。どんな味なのかイメージします。
- 4. テイスティングする:常温のミネラルウォーターを用意して、いよいよ口に入れます。舌と上あごの間で溶かすように、なるべく噛まずに味わって。
※虹色通信 2016年秋 号より
ショコラティエ
宮原美樹
1977年、東京都世田谷生まれ。国学院大学文学部、服部栄養専門学校調理科、バンタン製菓学院パティスリー本科を卒業後、国産チョコレートメーカーの開発本部に入社。チョコレートの生地や応用菓子の開発に携わる。退社後、2006年、『ショコラティエ・ミキ』オープン。フランスのショコラ専門ガイドブック『LE GUIDE』(14年版・15年版)に、日本を代表するショコラティエとして掲載される。