タイで700年の伝統を持つフルーツ・ベジタブル・カービング
”カービング”と聞いてすぐにピンとこない人でも、花や鳥などの形に彫られたフルーツや野菜の美しい飾りがタイ料理などに添えられているのを見たことがあるかもしれません。
”フルーツ・ベジタブル・カービング”は、タイ王国で700年以上の歴史を持つ伝統芸能です。小さなナイフ1本で、フルーツや野菜にタイの伝統的な花鳥風月などを彫刻して、食卓に彩りを添えるとともにおもてなしの心を表します。
その紀元は、古くスコータイ王朝にまで遡り、宮中女性のたしなみとして、親から子どもへと代々受け継がれてきました。現代では、タイ宮廷料理の飾りとして欠かせないものになっています。
ご自宅で『カービングアトリエSHIRAKI』を主宰している白木ユミ子さんは、そんなカービングの魅力に夢中になった一人。7、8年前、それまでの仕事をやめて、和食の料理人になるために調理師学校で勉強中だった白木さんは、プライベート旅行で訪れた沖縄でたまたま、タイ料理に添えられたニンジンのバラに魅了されます。
「和食の世界にも”飾り切り”はありますが、このときのバラはそれまで見たことがないほど繊細で驚きました。それがきっかけで、タイにはカービングというものがあるのだと初めて知り、自分でも学んでみたくなったのです」
その後、中華料理のシェフをしているご主人と結婚し、プロの料理人の厳しさを目の当たりにした白木さんは、目標をぷろのカービングアーティストに変更。4年前、本場のタイに渡って1ヶ月半毎日、果物や野菜のカービングを学びました。帰国後に資格を取得し、アトリエを開いて生徒さんたちに教える傍ら、作品制作などの注文にも応じています。
生のフルーツに専用ナイフで美しいバラの花などを彫刻する
カービングに用いる材料は、スイカやメロン、りんごなどのフルーツや、大根やニンジン、カボチャなどの野菜で、身近にあるものばかり。白木さんに実演していただいたところ、大きなスイカに下描きをすることなく、専用ナイフでバラの花を彫り始めました。その手つきは流れるように優雅で、驚くほどのスピードです。
「線を描き入れたりもせずいきなり彫るので、最初はみなさん驚かれるんですよ。でも、とにかく練習を積んでいるうちに次第に要領がつかめるようになります。他の彫刻と違って、生のフルーツや野菜が材料なので、鮮度が高いうちに素早く仕上げることも大切です」
白木さんはここ数年、タイヤ国内で行われるカービングコンテストなどにも出場していますが、そこでは厳しい制限時間があるといいます。フルーツ5個とニンジン2本のカービングを3時間で仕上げるということもあるそうです。
切り口を美しく彫ることが完成度の高さにつながる
「コンテストへの出場はモチベーションアップになりますから、生徒さんたちにもすすめているんです。入賞を目指して、コンテストの前はいつもものすごく集中して練習するんですよ」と言いながら見せてくれた手の指には、立派なタコができていました。最初の頃は、練習しすぎて腱鞘炎になったこともあるといいます。
「カービングの一番難しいところは、切り口をいかにきれいに彫るかということ」と話す白木さん。これまで数々のコンテストで入賞した経験がありますが、今後はさらに上を目指して、新しい作風を取り入れようと模索しているところだそう。
- (右上) これまで国内外の数々のコンテストに出場し入賞を果たしている白木さん。今年5月に出場したタイのコンテストでは個人部門ブロンズ入賞。
- (右下) スイカにバラを彫った作品。グリーン・白・ピンクの色合いが美しい。周囲の鳥は、ニンジンをカービングしたもの。
中国彫刻も取り入れて新たな作風を模索中
「私はどちらかというと、日本人らしい細かい細工が得意だし、好きなんです。最近は、タイのカービングに加えて、中国の野菜彫刻も学んでいて、なんとか自分の作風に取り入れたいと頑張っています」
今年国内のコンテストに出品したという作品は、中国風の龍魚と鳳凰がデザインされていて、そのウロコや羽などのリアルさには息を飲むほどです。
「無心になって作品づくりをしている時間は、とても幸せです。日本ではまだまだマイナーな世界ですが、もっと多くの方たちに知っていただきたいですね」
※虹色通信 2015年冬 号より
フルーツアーティスト
白木ユミ子
1977年生まれ。2011年、タイ・バンコクのカービングスクール「マリサランゲージ&カルチャースクール」にてカービング技術を学び、修了証取得。フルーツアーティスト®平野泰三認定「フルーツアーティスト」取得。東京・北千住で「カービングアトリエSHIRAKI」を主宰。教室で教える傍ら、コンテスト出場やイベントなどでの作品展示など、幅広く活動している。